東京23区ほどの小さい国シンガポールに、外資を誘致し、アジアにおけるトップレベルの国家を作りだしたのはシンガポール建国の父を言われるリー・クアンユー元首相ですが、シンガポールは早くから持続可能な都市計画が進んでいる国となり、その歴史は1960年代にさかのぼります。
1965年にマレーシア連邦を脱退し独立したシンガポールは、年間通して熱い日差しが降り注ぐ常夏の国であり、産業・資源に乏しいそのシンガポールが繁栄するためには海外からの観光客や投資家を誘致することが重要でもありました。
リー・クアンユー元首相は独立して間もない1967年に、熱い日差しを遮ることができ、またシンガポールを訪れる人々へ快適で清潔なイメージを与えることを目的の一部とした「緑化政策」を打ち立てました。道路沿いや公園などの植樹から始まり、1970年に入るとブーゲンビリアなどの植物の植栽が加わり、見た目にも美しい色彩豊かな街づくりが行われるようになりました。
そして1990年代に入ると自然環境との調和や生態系を考慮した緑化を目指し始め、2002年にシンガポール政府は、持続的な環境維持を目指す「シンガポール・グリーンプラン2012」を発表し、緑豊かな「ガーデンシティ」から持続可能な「サスティナブル・シティ」の追求へと移行していきます。
そのような中で建設されたのが東京ドーム約21個分の敷地面積の「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」です。